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女性1人起業 リアルストーリー 第1回

「仕方ない」から始まり、1か月で起業したときのこと

吉戸 三貴

 

はじめまして。株式会社スティルの吉戸三貴(よしどみき)です。「女性1人起業 リアルストーリー」というタイトルでコラムを書くことになりました。起業を考えている方に、身の丈で起業をする一例として参考にしていただけるよう、創業した時のことを思い出しながら、できるだけリアルに書いていくつもりです。

 

私は、2011年の創業以来、コミュニケーションスタイリストという肩書で活動しています。主な仕事は、PRやコンサルティング、講演・執筆。仕事の内容が多岐に渡ることから、基本は1人で、必要に応じて外部スタッフを集めてプロジェクトチームを編成するという働き方をしています。

 

1回目の今回は、起業した理由についてです。私の場合は、一言でいえば、他に選択肢がなかったから。どんな風に働き、生きていきたいかを考えたら、その通りに働ける転職先が見つからず、仕方なく自分で会社をつくりました。実は、かなり消極的な起業です。

 

前職はPR会社のプランナー。中途採用から3年が経ち、現場で活躍しながら利益も出せる営業担当兼プランナーを目指すことに迷いが生まれていました。上司や同僚に恵まれ、会社に不満はありませんでしたが、毎日ニュースを追いかけ、メディア露出と広告換算※の数字に一喜一憂することに疲れを感じていたのです。漠然とではありますが、「もっと良いアプローチがあるのでは」、「パッケージを売るだけではなく、時間をかけて企画をつくってみたい」という思いもありました。

 

リーダーを務めていた大型プロジェクトが一段落したとき、あらためて、将来について考える時間をつくりました。すると、自分のなかに「会社が求めるプランナーになるために頑張り続けることはできない。そのための時間や労力を、自分のしたい仕事を形にするために使ってみたい」という強い思いがあることに気が付いたのです。

 

「PRの枠にとらわれず、コミュニケーション全体を自由にデザインする仕事がしたい」。自分がしたいことが明確になったのは2011年6月のことでした。経済的な不安もあり、一度は転職も考えましたが、自分が望む形で働ける場所が見つからず、起業を意識するようになりました。迷いを残しつつも、とにかく会社を出ようと思い、7月に上司に退職について相談。上司から「1か月休んでよく考えて。気が変わったら戻ってきて良いから」というありがたい言葉をもらい、長期休暇を取得しました。最終的に起業を決意して、9月に退社。その後、1か月ですべての準備をして10月に株式会社スティルを設立しました。

 

起業は特別な人がするもの。長い間そう信じていたので、まさか自分が会社をつくるなんて思ってもみませんでしたが、目的や達成したいことを軸に、したいことやできることを整理していったら、株式会社をつくって新しい肩書で活動するという選択肢だけが残りました。

 

いま、起業家支援に携わるなかで感じているのは、起業に絶対の正解はないということ。「会社員の自分には関係がない」、「リスクが高くて怖いもの」などと決めつけずに、転職先のひとつくらいの感覚で選択肢に加えてみると、働き方や生き方を選べる幅が広がるのではないでしょうか。

 

※PRの成果を表す指標のひとつ。掲載された記事が広告だといくらになるかを換算する。

 

コラム執筆者プロフィール

株式会社スティル 代表取締役/コミュニケーションスタイリスト

沖縄生まれ。

慶應大学卒業後、沖縄県の奨学金でパリに留学。海外生活を経て極度の人見知りを克服した経験からコミュニケーションに関する仕事に関心を持ち、帰国後PRの世界へ。開館間もない沖縄美ら海水族館の広報担当として経験を積む。

その後、第1期PRプランナー資格を取得し、東京のPR会社に転職。官公庁の大型キャンペーンや外資系メーカーの新製品ローンチに携わる。

プランナーとして活動するうち、表参道に住み働くライフスタイルや独自のコミュニケーション理論に関心が集まり、講演や執筆の依頼が増えたことから、株式会社スティルを設立。

「コミュニケーションを着替えよう」をコンセプトに、コミュニケーションスタイリストという仕事をつくり、活動をスタートした。

現在は、東京・沖縄を拠点に、起業支援、PRコンサルティング、ブランディングなどを行っている。国内外での講演、執筆活動も。